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AIを味方につける前に、あなたの会社が残しておくべきもの

up to date : 2026.10.15 Thu

荷物の整理

私たちは、なぜ古いものを捨ててしまうのか?

私は、わりと古いものが好きです。

正確に言うと、古いものなら何でも好きなわけではありません。古い家電を見つけて胸が高鳴ることはないですし、押し入れの奥から20年前のプリンターの説明書が出てきても、さすがに感動はしません。

それでも、トレーディングカードやアート、NFTを集めていると、「古いもの」という言葉の見え方が少し変わってきます。

例えば、今では高額で取引されている昔のトレーディングカードも、発売された当時は、多くの場合ただの子供向けの商品でした。Michael Jordanのカードが何十年後にオークションハウスで大人たちを真剣な顔にさせると予想して、大切に保存していた子供はそれほど多くなかったでしょう。

NFTも似ています。

初期のブロックチェーン技術、NFTやオンチェーンアートの多くは、今でこそ文化史の一部のように語られていますが、当時は小さなコミュニティの中で行われていた、かなり風変わりな実験でした。未来の美術史のために参加していたというより、「これ、なんだか面白いね」と集まっていた人の方が多かったはずです。

イーサリアムのローンチ
2015年イーサリアムのローンチ直後のメンバー

※出典:Early Days of Ethereum, “Ethereum Launches”

アートの世界でも、後世になって重要だと評価された資料が、制作された時点では単なるスケッチや手紙やメモだったということは珍しくありません。

つまり、私たちは何かが歴史になる瞬間には、それが歴史だと気づいていないことが多い。

これは企業にもそのまま当てはまるのではないでしょうか。

会社のWebサイトをリニューアルする。

すると、古いサイトは不要になります。

広告キャンペーンが終わる。

すると、昔の素材は整理され、場合によっては削除されます。

商品がモデルチェンジする。

旧製品の写真やパッケージは、最新の商品を見せるうえでは邪魔になります。

昔のパンフレット、店舗の写真、社内報、創業者の手書きのメモ。日々の仕事の中では、どれも「古い資料」に見えます。

そして、古い資料には非常に手強い敵がいます。

整理整頓です。

オフィスを移転する。倉庫を片づける。サーバーを入れ替える。担当者が退職する。

「もう、これ使わないですよね」

この一言で、会社の歴史が段ボール箱一つ分消えることがあります。

その判断自体は合理的です。

企業は博物館ではありません。すべてを保存していたら、倉庫もサーバーもすぐにいっぱいになります。

しかし、コレクターとして古いカードや作品を見ていると、ときどき逆のことを考えます。

私たちは、その資料の価値が分かるようになる前に捨てているのではないか。

インターネット黎明期にホームページビルダーと格闘しながら公開したWebサイト。

創業当時の店舗を写した一枚の写真。

最初に売れた商品。

発売されなかったプロトタイプ。

30年前の求人広告。

若かった創業者が、自分の会社について語っているインタビュー。

それらは、その瞬間にはほとんど経済的価値を持たないかもしれません。

しかし20年、50年と時間が経ったとき、それらは単なる古い資料ではなくなります。

「あの会社は、本当にあの時代にそこに存在していた」

という証拠になるからです。

私はトレーディングカードを見ているとき、その小さな紙の中に、選手だけではなく、その時代そのものが封じ込められているように感じることがあります。

企業の古いWebサイトや広告や写真も、本質的にはそれほど違わないのかもしれません。

今日の業務資料は、未来から見れば一次資料です。

問題は、その価値が見える頃には、もう捨ててしまっているかもしれないことです。

そしてAIによって、ほとんど何でも新しく作れる時代になろうとしている今、この「捨ててしまった過去」の意味は、これまでよりずっと大きくなるように思います。

Syncmedia
新拠点ができた後、消防施設と壁紙のマッチングをこだわり抜いた森大佑

AIは未来を生成できる。でも、過去は生成できない

AIが面白いのは、まだ存在していないものを、驚くほど簡単につくれてしまうことです。

新商品の広告案も、架空の店舗写真も、創業100周年のポスターも、少し大げさに言えば数分でそれらしく作れてしまいます。昔ならデザイナーやカメラマンやコピーライターが何日もかけていた作業を、AIは昼休みの間に終わらせてしまう。便利です。少し腹立たしいくらい便利です。

これから先、企業が新しいコンテンツをつくるコストはさらに下がっていくでしょう。

Webサイトのビジュアルも、動画も、商品写真も、採用コンテンツも、企業の歴史を説明する文章さえ、AIがかなりのところまで生成できるようになると思います。

しかし、ここで一つだけ、どうしても生成できないものがあります。

本当に過去に存在していたという事実です。

AIに「1978年の日本企業の広告をつくって」と頼めば、おそらくかなり雰囲気のある広告をつくってくれます。少し色あせた紙、昭和らしい書体、当時風のコピーまで、それらしく再現してくれるでしょう。

でも、それは1978年の広告ではありません。

2026年に、1978年らしく生成された広告です。

この違いは、今は小さく見えるかもしれません。しかし、AIによってSyntheticなものが世界中にあふれるほど、この差は大きくなるように思います。

1978年に本当に印刷されて配られた会社案内が重要なのは、それが本当にその時代を通過してきたものだからです。

考えてみれば、これは少し不思議な価値です。

AIは、過去らしいものを無限につくることができます。しかし、昨日という日をもう一度つくることはできません。

創業者が亡くなったあとに、本人へのインタビューを撮り直すこともできません。

30年前の工場を取り壊したあとで、「やっぱり当時の写真を撮っておけばよかった」と思っても遅い。

企業の歴史には、Ctrl+Zがないのですから。

だから私は、AIが普及すればするほど、企業が持っている古い一次資料の価値はむしろ上がっていくのではないかと思っています。

これまでは、新しいものの方が価値があると考えるのが自然でした。

最新の商品、最新のデザイン、最新のWebサイト、最新の写真などなど、

企業活動は基本的に前を向いているので、古いものは更新される対象でした。

しかしAI時代には、この関係が少し逆転するかもしれません。

新しいものは、似たものも、それっぽいものなら、ほぼ無限につくれる。

だからこそ、つくり直すことのできないものの価値が上がる。

私はこれを、単なるノスタルジーの話だとは思っていません。

古い広告を見ながら「昔は良かったね」と言いたいわけでもありません。

むしろ重要なのは、真正性です。

この会社は本当にその時代に存在していたのか。

本当にその商品をつくっていたのか。

本当にその考えを持っていたのか。

本当にその場所で、人々と仕事をしていたのか。

そうしたことを後から証明してくれるものが、一次資料です。

AIが企業の物語まで上手につくれるようになったとき、「良い物語を語っている会社」と「本当にその物語を生きてきた会社」の違いは、今より重要になるでしょう。

そして、その違いを証明するのは、洗練された最新のコピーではありません。

むしろ、倉庫の奥から出てきた少し黄ばんだパンフレットや、画質の荒い昔の写真だったりする。

未来のブランドにとって、本当に価値のあるものは、意外と最新のフォルダではなく、誰も開かなくなった古い倉庫の中に眠っているのかもしれません。

Wired magazine 1993
1993年のWiredマガジンは暗号資産業界において重要な一次資料です

※1993年テクノロジー雑誌Wired Magazineはビットコインが登場する15年も前に、既に暗号資産やデジタル通貨の基盤となる思想や試みを大きく取り上げていました。

カードには記憶、NFTには履歴、アートにはProvenance、企業にはArchiveがある

私は普段、何かの価値を考えるときに「それが何でできているか」よりも、「それが何を証明しているか」を気にする傾向があります。

トレーディングカードなら、ただの紙ではありません。

そこには、ある選手のキャリアの一瞬が切り取られています。

Michael Jordanのカードを見ても、単に本人が印刷されているから価値があるわけではありません。どの年なのか。どのシリーズなのか。その時代にどんなデザインが試みられていたのか。市場ではどのように受け止められ、その後どのようなカードが伝説になっていったのか。

一枚のカードには、その瞬間の記録と、その後に積み重なった記憶が重なっています。

NFTでは、また少し違います。

画像そのものはコピーできます。

でも、どんな社会実験をともなったものなのか、どの事象をミーム化したものなのか、いつMintされたのか、どのウォレットから始まり、誰が所有し、どこを経由してきたのか。

その履歴は、作品の背景そのものになり得て、私はそこにデジタル世界特有の来歴を感じます。

アートの世界では、こうした考え方は昔からもっと明確でした。

Provenanceです。

誰が作ったのか、どこで展示されたのか、誰が所有してきたのか、どのコレクションに入っていたのか。

同じ作家の作品でも、来歴によって見え方は変わります。

作品そのものだけでなく、その作品がどんな時間を通過してきたのかが価値になる。

ここまで考えると、企業にも同じ構造があるように思います。

会社には、商品があります。

Webサイトがあります。

広告があります。

写真があります。

ロゴがあります。

創業者の言葉があります。

社員の記憶があります。

顧客との出来事があります。

でも、それらがバラバラのまま残っているだけでは、まだ「歴史」にはなりません。

整理され、文脈が与えられ、いつ、誰が、なぜ作ったのかが分かるようになって初めて、企業のArchiveになります。

私はこれを、企業にとってのProvenanceのようなものだと考えています。

言い換えれば、Corporate Provenanceです。

企業が何を作ってきたのか。

どんな判断をしてきたのか。

何を失敗し、何を続けてきたのか。

どの時代に、どんな人と関わってきたのか。

それを後からたどれる状態にしておく。

これは単なる資料整理ではありません。

その会社が本当にその道を歩いてきたことを、未来の人に証明するための記録です。

面白いのは、ここでトレーディングカードもNFTもアートも企業も、ほとんど同じ話に見えてくることです。

カードには記憶がある。

NFTには履歴がある。

アートにはProvenanceがある。

企業にはArchiveがある。

そして全部に共通しているのは、時間が経過したあとに、「これは本当にそこにあった」と証明してくれるものだということです。

もちろん、すべての古い資料が価値を持つわけではありません。

私も家に届いた段ボールを全部保存しているわけではありません。

大事なのは、「古いから残す」ことではなく、未来から見たときに、その会社らしさや、その時代らしさを証明できるものを残すことです。

これはコレクションに少し似ています。

何でも集めればいいわけではない。

何を残すかを選ぶこと自体に、その人や会社の価値観が表れます。

だからArchiveは、倉庫ではありません。

企業が自分たちの時間をどう理解し、どう未来へ渡すかという編集行為なのだと思います。

CC1
Nikeが発売したCaitlin 1の箱は捨てるべきではありません

※Nike Caitlin 1は、単なるバスケットボールシューズではなく、女子スポーツが競技の枠を超え、メインストリームの文化へと拡張していく時代を記録したアーカイブです。

では、会社は何を残しておくべきなのか

ここまで書くと、少し心配になる人がいるかもしれません。

「つまり、会社にある古いものを全部取っておけという話ですか?」

もちろん、そういうことではありません。

もし本当に全部残し始めたら、Archiveより先に倉庫問題が発生します。20年前のFAX用紙まで神聖な文化資産として保管し始めたら、恐らく担当部署の人に大きな迷惑がかかるでしょう。

大切なのは、保存することそのものではなく、何を残すかを選ぶことです。

私はコレクションでも同じだと思っています。

トレーディングカードなら、発行されたカードを全部集めれば良いコレクションになるわけではありません。

アートも、作品数が多ければ良いわけではない。

何を選び、なぜそれを残すのか。

そこにコレクターの視点があります。

企業のArchiveにも、同じような視点が必要です。

例えば、過去のWebサイト。

単に画面のスクリーンショットを一枚残すだけでも意味はありますが、そのサイトがいつ公開され、なぜリニューアルされ、当時どんなことを顧客に伝えようとしていたのかまで分かれば、価値はまったく違ってきます。

広告もそうです。

古いポスターやパンフレットが残っているだけではなく、そのキャンペーンがなぜ企画されたのか。当時どんな顧客に向けて、どんな言葉を選んだのか。

商品なら、完成品だけでなく、試作品や初期モデルにも意味があります。

むしろ、発売されなかったものの方が、その会社の考え方をよく表していることさえあります。

「なぜ、これは発売しなかったのか」

その理由まで残っていれば、それは単なる失敗作ではなく、企業がどのように判断してきたかを示す記録になります。

写真も重要です。

創業当時の店舗。

昔の工場。

社員が働いている風景。

展示会。

地域のイベント。

顧客と一緒に写っている写真。

こうしたものは、その瞬間には広報素材として使われなかったとしても、後から見ると会社の空気そのものを伝えてくれます。

そして、私は人の言葉もできるだけ残しておくべきだと思います。

創業者。

長く勤めた社員。

初期の顧客。

取引先。

会社の転機に関わった人たち。

彼らが当時何を考えていたのかは、後から資料だけを読んでも完全には分かりません。

人がいなくなったあとに、「あのとき何を考えていたのか聞いておけばよかった」と思っても、これは本当に取り戻せません。

インタビューは、企業にとってかなり重要なArchiveになるはずです。

ただし、ここでも大事なのは、保存したデータをただフォルダに放り込まないことです。

「old」「old2」「old_final」「old_final2」みたいなフォルダが並んでいたら、それはArchiveというより考古学です。

誰が、いつ、どこで、何のためにつくったのか。

何が写っているのか。

どのプロジェクトに関係しているのか。

なぜ残す価値があるのか。

最低限の文脈を一緒に残しておく。

そうして初めて、資料は単なるファイルから記録へ変わります。

だから私は、企業Archiveとは「昔のものを保管すること」ではなく、

未来の人(AIも含まれます)が、過去を正しく理解できるように現在を編集しておくこと

だと思っています。

これはかなり未来志向の仕事です。

今日撮った一枚の写真も、今日公開したWebサイトも、今日交わした創業者の言葉も、今はまだ歴史ではありません。

でも、30年後にその会社を語ろうとしたとき、誰かが必ずそこへ戻ってきます。

そのとき、何が残っているか。

そして、それがどう整理されているか。

そこまで考えて記録する会社と、何も残していない会社では、未来に語れる物語の厚みがまったく違ってくるはずです。

そしてAI時代には、その差はさらに大きくなるように思います。

なぜなら、これから企業は「新しい物語」をいくらでも作れるようになる一方で、本当に生きてきた過去だけは、後から追加することができないからです。

AI時代、企業は自分たちの過去を所有できているか?

企業Archiveというと、どうしても過去を振り返る仕事に聞こえます。

創業記念誌をつくる。昔の写真を整理する。倉庫から懐かしい商品を出してくる。

少し油断すると、社長室の中にあるガラスケースの話になってしまいます。

でも私は、Archiveはむしろ未来のためにあるものだと思っています。

今日残した一枚の写真が、20年後の採用コンテンツになるかもしれない。

今は誰も気にしていない最初の商品パッケージが、30年後にはブランドの原点を象徴するものになるかもしれない。

創業者への何気ないインタビューが、50年後に会社の思想を知るための最も重要な記録になっているかもしれません。

そしてAIの存在を考えると、この意味はさらに大きくなります。

これから企業は、自分たちのことを説明する文章をAIにつくらせるようになるでしょう。

過去の商品について質問する。

昔の広告を参照する。

創業者が何を考えていたのか調べる。

ブランドらしい言葉遣いで文章を書く。

新しい社員が会社の歴史を学ぶ。

そんなことをAIが手伝うのは、もうそれほど遠い未来ではありません。

しかし、ここにはかなり単純な問題があります。

AIは、存在しない会社の歴史まで、それらしく話すことができます。

材料がなければ、一般論からもっともらしい答えをつくるしかないからです。

「創業者は地域とのつながりを大切にしていました」

「私たちは創業以来、常にお客様を第一に考えてきました」

どこかで聞いたことがあります。

社長挨拶

たぶん日本中の会社が、創業以来お客様を第一にしていることになっています。

もちろん、それが本当なら何の問題もありません。

問題は、それを証明できるものが残っているかどうかです。

1975年の写真に地域の人たちと働く創業者が写っている。

1983年の社内報に、同じ考えが書かれている。

1996年の広告にも、その姿勢が現れている。

2004年のWebサイトを見ても、やはり同じことを伝えている。

そこまで残っていれば、「地域を大切にする会社です」という言葉は単なるコピーではなくなります。

それは、時間によって裏付けられたブランドになります。

AI時代には、この違いがますます重要になるはずです。

きれいなブランドストーリーをつくること自体は、これから驚くほど簡単になります。

だからこそ問われるのは、

その会社は、本当にその物語を生きてきたのか。

ということになる。

私はアートを見ていて、Provenanceが面白いと思う理由もそこにあります。

「これは重要な作品です」と現在の所有者が言うだけではなく、いつ制作され、どこで展示され、誰が所有し、どのような場所を通って現在ここにあるのか。

時間の中に証拠が残っています。

企業にも、同じものが必要なのではないでしょうか。

会社は商品を所有しています。

商標も所有しています。

ドメインも所有しています。

建物を所有している会社もあります。

では、

自分たちの過去を所有しているでしょうか。

過去のWebサイトは残っているか。

昔の商品写真は見つかるか。

広告は整理されているか。

創業者の肉声は残っているか。

重要な出来事について、なぜそう判断したのかまで分かるか。

もし答えが分からないのであれば、その会社の歴史の一部は、まだ会社自身のものになっていないのかもしれません。

どこかの元社員の押し入れや、誰もパスワードを知らない古いハードディスクや、サービス終了寸前のクラウドの中に預けたままになっている可能性があります。

少し怖い話です。

しかし同時に、これは大きな機会でもあります。

AIが新しいものを際限なく生成できる世界では、古いものの価値が単純に上がるのではありません。

本当に存在したことを証明できるものの価値が上がる。

だから企業Archiveは、過去への執着ではありません。

それは、自分たちの歴史を未来へ持っていくための投資です。

AIは未来をいくらでも想像できます。

過去らしい写真も、昔風の広告も、感動的な創業ストーリーもつくれるでしょう。

でも、一度失った昨日だけは生成し直すことができません。

そう考えると、これから企業にとって最も大切なブランド資産の一つは、まだ誰も価値があると思っていないものなのかもしれません。

将来AIは、あなたの会社の今日の記録を必ず探し出します。

category :   |  posted by : Yoshikazu Tsugiyama