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美術館訪問記① 水戸芸術館「田中功起 共にいることの可能性、その試み」

up to date : 2016.06.16 Thu

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突然だが、あなたにとって現代アートは、身近なものだろうか?
おそらく多くの人が「No.」と答えるだろう。
「現代アートは一見しただけでは理解しがたい、難解なもの」
「予備知識が必要になるもの」
「自分にはあまり縁の無いもの」
と思われがちではないだろうか。

 

美術館訪問記と題したこの記事は、「①」という数字を入れてみたことからお察しいただけるとは思うが、今のところ、連載物として考えている。
とは言えその行方は私のモチベーション次第なので、あまり今後にご期待いただいても困るのである。
ただ少なくとも私は美術館巡りが好きな性格だし、先日とても良い展覧会に巡り合えたので、今のところは、高い意欲を保持している。
鉄は熱いうちに打っておこうではないか。

 

すでに展望が危ぶまれる記念すべき第1回目の美術館訪問記は、
本題の前に冒頭で投げかけた問題についてから、論考を始めたい。
私なりに「なぜ現代の多くの日本人にとって、現代アートは遠い存在なのか」という理由と、私なりに考える「現代アートの見方」について書いてみる。

 

まずはじめに第一の問題についてだ。
なぜ現代の多くの日本人にとって、現代アートは遠い存在なのか?
なぜなら現代アートは、乱暴な言い方ではあるが、しばしば「答えのない深読み」が求められからである。
そして目の前にある作品は「深読みのためのヒント」だ。
鑑賞者に「深読み」を促すためのヒントが、キラキラと散りばめられている。
そしてこのアートというヤツをより困難に思わせている最大の理由は、
そのヒントを辿っていったところで「明瞭な答えがない」ということなのだと思う。

 

「では何のためのヒントなのだ?!」と、思われることだろう。(ごもっともだと思います。)
多くの作家たちは作品にアバウトなメッセージを含ませてはいるが、必ずしもそれは一言で言い表せられるものではなかったりする。
(だからこそ作品は ”言葉以外のもの” に置き換えられた!)
また鑑賞者がオリジナルの結論に至ることも、作品は大歓迎している。

 

学校のテストで、たったひとつの正解とそれ以外の不正解の存在を刷り込まれてきた私たち日本人にとって
この突然の「Everything is OK!」状態は、方向感覚を失わさせるような恐怖感すら煽るかもしれない。
しかし、禅問答のように、延々と「想像する」「考える」作業を往復し続けることで
訳もなく大いに共感することもあるし、悲しくなるほど腹が立つこと(あるいは、腹が立つほど悲しくなること)も出てくるのだ。
様々な感情を掻き立てられたら、そこから誰かとこの感情を共有してみたくなる。
時には議論してみたくなったりもする。
その一連の体験こそが現代アートの楽しみ方なのだ、と、私は思っている。
ぜひこの混乱を楽しんでみてほしい。心と脳を動かしてほしい。
どんな感情も作品は許容している。Everything is OK!

 

ここまで記したところで、もう皆さんはご理解いただけたであろうが
冒頭に挙げた「現代アートは難解である」論は一理あるのであって、それを覆すつもりは実は始めから私には無い。
「現代アートは難解。」
そうです。残念ながら簡単じゃない。
簡単ではないが、そこまで遠い存在ではないはずだ。
「現代アート以上に難解であり、なおかつ身近な問題が、世の中にはたくさんあるぞ」と私は思う。
すなわち、私たちが暮らす「現代社会」だ。
この社会とは政治経済のことだけを言っているわけではなく、「人と人が共に暮らすことによって形成される社会」という、もっと身近なコミュニティのことである。

 

水戸芸術館で開催されていた田中功起の個展を見終わっての第一印象は
「ああ、この展示は社会の縮図なのか。」であった。

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 展覧会名「田中功起 共にいることの可能性、その試み」

 

この展覧会では、いくつかの共同作業によるワークショップが、映像と参加者のテキストによって再演されていた。
鑑賞者である私たちはワークショップ中に起こった出来事を、展示された情報をたどりながら想像を膨らませることで、追体験するのだ。

 

この共同作業というのは、たとえば
「5名の陶芸家がひとつの器をつくる」
「5名のピアニストが一台のピアノでひとつの曲をつくって演奏する」
「9名の美容師が一人の髪を切る」
という、へんてこなワークショップだ。
普通は一人の頭脳と手によって作り上げられるような作業を、全くの初対面の人たちと共に作らなくてはならないのだから、なかなかのストレスフルである。
この共同作業は、作者の田中さんからの積極的な指示はなく、すべて参加者同士の話し合いによって決められていく。

 

映像によるワークショップの記録はとても客観的にその時の出来事を私たちに見せてくれた。

そして、大変興味深いことが映し出されていた。
たとえば、あるワーックショップの中で、誰かが何かについて提案をする。
しかし別の誰かは、その提案に対して、一瞬、本当に一瞬、顔を曇らせる(ように私には見えた)。
彼は相手の提案を懸命に理解しようとし、反論する言葉をぐっとのみ込んで、相手の次の言葉を静かに待っている(ように私には見えた)。
本当のところ、彼らがどういう心境だったのかはわからない。
初対面の者同士がゆえに、本音と本音がぶつかり合うことは滅多にない。
互いに譲歩できる中間地点を、慎重に探りあう。
こんなやりとりに、私たちも心当たりがあるのではないだろうか?
参加者の本音は、ワークショップ後にとられたインタビューや、田中さんとのメール・書簡でのやりとりで、ほんの少しだけ触れられる。
彼らは共同作業をするなかで、様々な情報をキャッチし、瞬時に判断し、そして自分の立ち位置を探し出して、慎重に相手との間合いを測る。
穏やかな表情に見えて、その実とても緊張するやりとりを、静かにこなしていたのだ。

 

不思議な会場構成だった。
会場に決まった道順がないのだ。
受付を通って会場に入っていくと
「この展覧会は、右からでも、左からでも、どちらからでもご覧いただけます」
という、ちょっとおかしな立て札が私たちを出迎える。
こうした案内文をわざわざ提示することは現代アートの展覧会としても珍しいと思う。
したがってこれは意図的なアナウンスであると思われる。

 

会場を回遊しながら、私たちはまるで偶然を装うようにして田中さんがファシリテート(促進)したワークショップの記録に出会う。
この展覧会全体に潜ませたメッセージを、一歩ずつ、文字通り一歩ずつ、鑑賞者に理解してもらえるように作られていた。

 

どこまでも、鑑賞者に「 ”考えること” を ”感じさせる” 」展示だ。
楽しいほどに、モヤモヤする。

 

田中功起さんは、展覧会のフライヤーで、こんなコメントを寄せている。

 

「あなたはどのような場面で
全く初対面のだれかに心を開くだろうか。
あなたは隣にいるだれとどのようなとき、
ともに助け合おうとするだろうか。
あなたは何を根拠に誰を信頼し、
あなたの傷つきやすさを預けようとするだろうか。

 

 …(中略)

 

 ほとんど見ず知らずの誰かと、
もしかすると理解しがたい他者と、共にいることを試みる。
それはあるひとからすれば当然の、当たり前の状態であり、
別のひとからすれば受け入れがたき状態だろう。
この状態は、仮の、作られた、
一時のものでしかないかもしれない。
だけれども、一時的にでも可能であるならば、
それはいつ、どこで、どんななにものかとであっても、
可能ではないだろうか。

 

 田中功起」

 

これは、大きな社会だけのことを言っているわけではないと、私は思う。
展覧会のなかでは、しばしば「難民問題」「市民運動」といったキーワードが出てくるが、
その火種は案外私たち個人個人が所属する小さなコミュニティ(家族、職場、恋人、友人など)においても起こり得る、些細なことだったりするのではないだろうか。

 

展覧会会場には、ワークショップに関わった人々へのインタビューのテキストの一文が、散文的に貼り出されていた。
そのなかでも思わず手帳に書き留めた言葉たちを抜粋したい。

 

「(私たちは)マイノリティでもあり、マジョリティであるということ。」

 

「自分たちが正しい、いいことと思っていることが、他の人にとっては違うかもしれない。」

 

こうして書いてみて思う。
困るくらいに至極当たり前のことを言っている。
しかしこれらの共同作業のなかで、私たちはこの正論を突きつけられる場面に何度も遭遇する。

 

人間は群れをなして生きる生き物だが、本当のところ、あまり得意では無い。
秩序を重んじているようで、制御しきれない生々しい感情も持っている。
共存する難しさを私たちは様々な場面で感じてはいないだろうか。
誰かと何かを創るとき、何かを諦め、何かを選ばなくてはならない。
田中さんの行うプロジェクトの数々は、社会の縮図であると思う。
いくつものシュチュエーションを用意して、たくさんの共同作業を試し、社会のミニモデルをデータとして記録しているように、私には思えた。

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(この展覧会は終了しています。)
展覧会名 田中功起 共にいることの可能性、その試み
会場   水戸芸術館 現代美術ギャラリー
開催日  2016年2月20日[土]〜2016年5月15日[日]
開館時間 9:30〜18:00(入場時間は17:30まで)
休館日  月曜日
入場料  一般800円
中学生以下、65歳以上・障害者手帳をお持ちの方と付き添いの方1名は無料

category :   |  posted by : maaya miki